戦争遺跡

【戦争遺跡VOL.1】旧近衛師団司令部庁舎(東京・北の丸公園)の重要文化財を巡る

旧近衛師団司令部庁舎は「〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園1−1」にあります。

皇居の近くにありますね。そもそも近衛師団は天皇を守るための旧日本陸軍の部隊なので当然と言えば当然と言った感じですね🤔
それでは現地を見てみましょう。

旧近衛師団司令部庁舎の外観

全体像は歩道からではないと撮影できないほど大きいんですよね😥

旧近衛師団司令部庁舎の外観

旧近衛師団司令部庁舎の正面です😥この撮影場所は歩道からなのでいつでも撮影できますが、年に何回か解放されることがあります。今回は東京建築祭(2025年)の開放日なので中に入ることができます。それでは中に入りましょう。

北白川宮能久親王銅像

旧近衛師団司令部庁舎の入り口に大きな像があります。これは「北白川宮能久親王銅像」になります。

北白川宮能久親王銅像のアップ

ものすごく細かく作り込まれた立派な銅像ですね😳服装からして明治時代の軍服でしょうか🤔

北白川宮能久親王銅像の説明

画像に記載されている文章は以下の通りです。

北白川宮能久親王銅像
弘化四年(一八四七)伏見宮邦家親王の第九皇子として御誕生。嘉永元年(一八四八)青蓮院宮御相続、安政五年(一八五八)輪王寺宮御相続、公現法親王(俗名能久)と称せられ、上野寛永寺の門跡となられる。明治三年(一八七〇)還俗して伏見宮に御復帰、軍籍に就かれた。同年勅命によりプロシヤ国留学を命ぜられ、同国歩兵・砲兵聯隊、参謀学校等で兵学を学ばれ、明治十年御帰朝、近衛砲兵聯隊御附。御留学中の同五年北白川宮を御相続遊ばされた。同十七年陸軍少将に任ぜられ、歩兵第一旅団長、参謀本部御出仕。同二十五年陸軍中将に任ぜられ、第六・第四師団長を御歴任、同二十八年一月近衛師団長に親補せられ、近衛師団を率いて台湾に御出征、突然瘴癘の地で疫病に罹らせ給い、明治二十八年十月二十八日(一八九五)台南に於て薨去遊ばされた。御年四十九歳。陸軍大将に任ぜられ、大勲位菊花章頸飾および功三級金鵄勲章を賜わり、国葬を以て豊島岡陵に御埋棺された。
銅像は、明治三十六年一月二十六日、北の丸に駐屯していた近衛歩兵第一・第二聯隊正門前(現在地より東方約六十メートル)に建立されたが、昭和三十八年北の丸公園整備計画に従いこの地点に移された。製作は、渡台時近衛騎兵として側近に仕えた斯界の大家新海竹太郎によるもので、芸術的にも高く評価されている。鋳造は陸軍砲兵工廠である。
建立後八十余年を経て若干個所の損傷を見るに至ったので、昭和六十年有志相諮り修復した。
昭和六十年十月二十八日
親王九十年祭にあたり元近衛師団戦友会誌す

それでは向かいましょう。

館名盤

到着しました。それではゆっくり見ていきましょう。

看板

旧近衛師団司令部庁舎は2020年2月28日まで東京国立近代美術館工芸館として使われていたそうです。今は現状保存といったところでしょうか。

重要文化財 旧近衛師団司令部庁舎

旧近衛師団司令部庁舎は重要文化財となっています。

旧近衛師団司令部庁舎外観

中に入ると建物の大きさに圧巻です😳皆さん案内看板を見ているので先に見ていきましょう。

旧近衛師団司令部庁舎の説明看板

画像に記載されている文章は以下の通りです。

重要文化財 旧近衛師団司令部庁舎
この建物は、近衛師団(注)司令部庁舎として明治43(1910)年3月に竣工したもので、設計者は陸軍技師田村鎮(やすし)と考えられています。第2次世界大戦後は、皇宮警察の寮として使用されましたが、昭和38(1963)年の北の丸地区の森林公園整備計画策定に伴い、取り壊されることとなりました。しかしながら、この建物は、明治時代の官庁建築の特徴をよく残すものとして現存する数少ない遺構であるため、その建築的価値を惜しむ声が寄せられ、重要文化財に指定した上で、東京国立近代美術館工芸館として活用することが決定されました(昭和47(1972)年重要文化財指定)。
昭和48(1973)年から、美術館施設として活用するための保存修理工事が行われました。煉瓦壁体には破損が見られたため、内側に新たに鉄筋コンクリートの構造体を設けて補強するとともに、屋根を関東大震災後の桟瓦葺から建築当初のスレート葺に復原し、取り壊されていた軒蛇腹を整備するなど、創建当初の外観に復しました。内部は、保存状態の良かった中央の階段回りとホールの部分のみ当時の姿を残し、建築家谷口吉郎氏の設計により、美術館仕様に改修しました。
工芸館は、昭和52(1977)年11月に開館し、政府機能移転基本方針により、令和2(2020)年10月に石川県金沢市へ移転するまでの間、ここで活動していました。現在この建物については、今後の保存活用のために、重要文化財保存活用計画を策定しています。
煉瓦造りのゴシック様式の外観のほか、床下通風口の金具、玄関アーチ両脇の四葉飾り、破風(ペディメント)の頂華(フィニアル)、大棟中央塔屋のデザインなどをお楽しみください。
(注)
近衛師団は、旧陸軍が北海道から九州までの主要都市に設置した19の師団のうちの一つで、明治時代から第2次世界大戦終了時まで皇室の警護を担っていました。
【写真キャプション】
中央の階段
2階ホール

それでは建物を見ていきましょう。

旧近衛師団司令部庁舎1階外観

1階の外観です。綺麗な煉瓦作りなのと窓枠など石でしっかりと作られています。地面からの立ち上がりも綺麗ですね。床下の通風口も見てみましょう。

床下の通風口

床下の通風口の金具は星型になっていますね😳今はこのようなデザインの金具を使うことはないので貴重ですね。

旧近衛師団司令部庁舎の窓枠

窓枠や柱の凹凸がしっかりと出ていますね🤔しかも丸みや線がしっかりと出ていますね。あと雨垂れの汚れがつかない工夫が随所に見られますね。雨樋は金属っぽいですね。見えないように角にくっつけているのもいいですね。さすが当時の建物は丁寧な造りです。

旧近衛師団司令部庁舎と国旗

国旗と合わせて斜めから撮影してみました📸屋根の周りの細かいアーチや横の白いラインがいい感じですね。立体なのもいいです。

旧近衛師団司令部庁舎の入口

入口はかなり立派です。細かいところまで仕事ができています。

アーチ部分

アーチ部分の細工は細かいですね。

四葉飾り

アーチの両側に四葉飾りがありますね。その上の白い帯もデザインセンスがいいですね。

破風の頂華

破風の頂華も立派ですね。
外観は一通り見たので、室内を見ていきましょう。

旧近衛師団司令部庁舎の1階入口

門をくぐると白く簡素な造りですね。ただ扉周辺は立派な造りです。

石段

石段も切れ目が交互で綺麗につくていますね。

中央階段引き

中央階段です。人が多かったのでAI除去加工しているので雰囲気だけ伝わればと思います。

1階中央階段

中央階段は木製ですが、近衛師団司令部だけあって細かい造りですね。

近衛師団司令部庁舎の階段支柱のデザイン

階段の支柱には藤の花のデザインですかね🤔この頃の建築物はこのデザインの階段が多いんですよね。

旧近衛師団司令部庁舎の中央階段1階から中2階

階段を横から見上げると明るい階段ですね。明かりの取り方が上手いので階段が明るいです。

旧近衛師団司令部庁舎の階段裏

階段裏の作りも丁寧ですね。アーチ状にしていたり凹凸も丁寧に出ています。

旧近衛師団司令部庁舎の中央階段

階段の手すりも丁寧な造りですね。支柱の細工も細かいですし、カーブも綺麗な円になっています。

2階のエントランス

2階のエントランスから階段を見るとこちらも大きな窓がありますね。

2階の照明

2階の照明のデザインはアール・デコですね。シンプルだけどいいデザインです。

旧近衛師団司令部庁舎の2階柱のデザイン

2階の柱も凝ったデザインですね。

旧近衛師団司令部庁舎の2階の部屋

こちらが唯一見学できる2階の部屋です。今の基準だと狭く感じますが当時だと大きな部屋だったのでしょう。

2階の照明

この部屋の照明は他とはまた違ったデザインですね🤔

今回は第1回として旧近衛師団司令部庁舎を取り上げてみました。戦争遺構というよりかは建物の文化的な価値の方が大きいです。今後もいろんな形で戦争遺跡やお城を取り上げていきたいと思います。

<執筆者プロフィール>
予備自補軍曹
経営学修士(MBA)
予備自衛官(技能)
民間人から予備自衛官補(技能)、そして予備自衛官になりました。休日はお城や神社仏閣、戦争遺跡を見歩いているので、面白そうなものを紹介していきます。
姉妹ブログとして優待太郎の名前で「MBAホルダーが保有している株主優待銘柄」も運営しています。

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[English Tags for Global Readers]
- Imperial Guard Headquarters (Tokyo, Japan)
- Important Cultural Property / Meiji era Red Brick Architecture

  • この記事を書いた人

予備自補軍曹

予備自衛官(技能) 経営学修士(MBA) 民間人から予備自衛官補(技能)→予備自衛官になりました。 休日はお城や戦争遺構を訪れて現地を散策しています。その時の写真を多めに執筆しています。

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