天覧山は「埼玉県飯能市飯能1324−3」にあります。
天覧山に行った理由は山の麓で食事をしてその腹ごなしで登ってきました😅

天覧山入口に由来に関する看板がありました。書き出しますね。
天覧山の由来
この山を天覧山と呼ぶ。明治十六年四月、この地に近衛諸兵対抗演習が行われるに当って、明治天皇は扈従(こじゅう)を率いてこの山にお登りになり、親しく戦況をご高覧になったのであるが、その折、山頂のお野立所にお着きになるや開口一番「ああよい景色」と仰せられた。天覧山の名はこのとき始まる。
天覧山はその西方山地から、飛石のように切り離された一山で、名刹能仁寺の背景をなす山である。愛宕山後、羅漢山と呼ばれた古い頃から飯能の人々に親しまれてきた山頂近く岩石露出し、鏡岩 獅子岩などと趣向面白く頂上からの展望はまた格別である。関東平野、秩父の山々が遠く望まれ、霊峯多峯主山は指呼の間に聳える。
また山内には史跡が多い。頂上の行幸記念碑を始めとして、木の根岩がねに坐す十六羅漢、忠霊塔や振武軍の碑等々。山麓の能仁寺は郷土武人が建てた寺で、中山氏黒田氏等歴代墓碑が林立する。
天覧山は大正十二年県指定名勝となった。これは埼玉県下最初の名勝を指定保護する最初のものであった。天覧山は健全な憩いの場として、昔を偲ぶ場として広く愛されている。
飯能ロータリークラブ
近衛兵の軍事演習を明治天皇がご高覧するために作った展望台なのですね😳これはこれで面白そうなので登ってみましょう。

登って行く途中に忠霊塔がありました。ここには地元の方が日清戦争から太平洋戦争までの間に亡くなられた方を祀られているそうです。

最初は緩やかな上り坂です。

途中から旧な上り坂になりました😳これは初めての人はびっくりする上り坂ですよ。道が階段になっていないのがまたキツイです😭

天覧山中段に到着しました。結構ひらけていますね☺️左側の建物には大勢の人が休憩されていたので、入れませんでした😅

真ん中にベンチが集まっていたので、ここで休憩しようと思ったら看板がありますね。

何か書かれていますね。書き出してみましょう。
明治天皇の愛馬がつながれた松の跡
(御駒繋松記念碑)
明治十六年四月十八日、陸軍近衛諸隊が飯能町一帯を舞台に演習を行った際、明治天皇がその様子をご高覧になるため、羅漢山(現在の天覧山)まで登られました。その際、ここにあった松に愛馬「金華山」をつながれ、この碑はそのことを記念して大正十四年十一月に建てられたものです。なお、後に松は枯れてしまったため、現存していません。
令和五年一月 一般社団法人 奥むさし飯能観光協会
【左側面の引用文:御駒繋松】
明治十六年四月十八日 明治天皇御発輦ありて近衛諸兵対抗演習を親閲あらせられしよりこの山を天覧山と称し御乗馬金華山を繋がせ給ひしによりてこの樹を御駒繋の松と呼ぶに有志の者相謀り碑を建てその由を録して永く聖帝の御跡を伝え奉らんとす 碑面の字は衆議院議長粕谷義三之を書し碑背の文は第一高等学校教授岡田恒輔之を記す
大正十四年十一月二十三日
明治天皇がここに愛馬を繋がれて山を登られたそうです。

ここには大きなトイレと水場があります。天覧山のトイレはここにしかないので、済ませておきましょう。

明治天皇はこの中段で馬を降りられて徒歩で登られましたが、我々もここからは徒歩で登ることになります。

途中で分かれ道がありました。どちらでも展望台には行けるのですが、左側に行くと遺跡を見ることができます。

左を選択すると十六羅漢像があります。この説明を書き出しますね。
十六羅漢像(じゅうろくらかんぞう)
この石仏像は、徳川五代将軍綱吉がたまたま重い病におかされており、生母、桂昌院は大変心配して、親しかった飯能出身の大名、黒田直邦に相談したところ、直邦は、その菩提寺、能仁寺の泰基(たいき)和尚による病気平癒(へゆ)の祈願をすすめ、和尚はただちに江戸城に召されて祈願を行った。その霊験(れいげん)により、たちどころに健康をとり戻したという。
桂昌院は、これを喜び、報恩感謝のしるしに十六体の羅漢像を寄進し、ほかに網吉の守本尊の伽羅木(きゃらぼく)観音像と、金襴の袈裟(けさ)を贈ったと伝えられている。
これまでこの山は、愛宕山(あたごやま)と呼ばれていたが、このときから羅漢山(らかんざん)といわれるようになり、後に天覧山(てんらんざん)と改称された。
昭和五十五年三月 埼玉県
補足: 本文2段目の「網吉」の文字は、案内板の表記通りに書き起こしています(正しくは「綱吉」の誤字と思われます)。
こちらは天覧山とは関係ないですね。江戸時代に作られたものです。

この先に十六羅漢像があるので、配置図も看板で掲示されています。それでは先に進みましょう。

これは凄いですね😳

どれもレベルの高いお地蔵様ばかりですね😳これは見応えはあるというかむしろ怖くなってきた😅

先に進むと岩場ですね😳歩けますが登るのはちょっと厳しくなっていきますね😅

いきなり雰囲気が変わってきましたね😅

まもなく展望台です。

天覧山の展望台です。看板がありますね、見てみましょう。

ここの説明が書かれていますね。では書き起こしますね。
天覧山の勝(県指定名勝)
標高一九五メートル、古くは愛宕山と呼ばれたが、元禄年間に将軍綱吉公の生母桂昌院が十六羅漢を安置したことから以来羅漢山と称せられた。
明治十六年近衛諸兵対抗演習に際し、戦況ご視察のため明治天皇が登頂された後天覧山と改称された。
中段には明治天皇が登頂されたとき、御乗馬金華山を繋いだといわれることより名がついた御駒繋松がある。また山頂に明治四十五年四月建立した行幸記念碑がある。
山容の美しさに加えて、山内に名刹能仁寺をはじめ、郷土の武将、学者、文人の墓、史跡、碑も数多く、埼玉県指定名勝の第一号となった。
令和七年五月吉日
飯能ロータリークラブ
ここは埼玉県指定名勝第一号だそうです。それでは展望台に移動しましょう。

こちらにも説明がありますね。書き出しましょう。
天覧山
天覧山は、海抜一九五メートルで飯能の市街地の北西部に位置し、麓には曹洞宗の寺院である武陽山能仁寺がある。この山は、享保十二(一七二七)年の能仁寺境内図に「あたご山」と記されているが、これは山頂に愛宕社があったことによる。その後、中段に十六羅漢の石像が造立、奉納されたことにより、「羅漢山」と称されるようになった。
そして、明治十六(一八八三)年四月、当地で近衛歩兵第一・第二連隊・砲兵隊などの諸隊による春季小演習が行われた。その折明治天皇がこの山に登り、その様子を統監したことから、「天覧山」と呼ばれるようになった。明治四十五(一九一二)年、武蔵野鉄道(現在の西武池袋線)の開設が具体化されると、飯能町ではその鉄道を利用した観光資源の開発に着手し、天覧山は飯能遊覧地の区域の一部となり、本市を代表する観光地として知られるようになった。
山頂の展望台からは、遠くは秩父連峰、奥多摩の山々やはるか富士山を望むことができ、その手前に見える稜線は加治丘陵である。登り口の中段からこの山頂にかけて露頭しているのはチャートの岩盤であるが、これは「秩父中・古生層」もしくは「秩父層群」と呼ばれ、古生代石炭紀から中生代ジュラ紀(約三億五千万年前から一億五千万年前)に海底でできた地層が隆起したものである。
天覧山は、大正十一(一九二二)年三月に、埼玉県で第一号の名勝に指定された。
Tenranzan Mountain
Tenranzan Mountain is located at the northwest area of the urban district in Hanno. It is 195 meters above sea level and Buyozan Nouninji, a temple of Soto school, stands at the foot of the mountain.
In the Nouninji Precinct Picture, drawn in 1727 (Kyohou 12), the name of this mountain is written "Atago Mountain". It is because the "Atago Shrine" stood at the summit.
As the stone statues of the 16 Rakans were made and dedicated to the hillside afterwards, this mountain was called "Rakanzan Mountain". In April 1883 (Meiji 16), the Emperor Meiji climbed to supervise the minor vernal exercise conducted by the First and Second Regiment Foot Guard, and also, the Artillery Corps. Since then, this mountain began to be called "Tenranzan Mountain".
In 1912 (Meiji 45), as the opening of Musashino Railway (Seibu Railway at present) started to take shape, Hanno Town began to develop tourism. Tenranzan Mountain became known as a tourist spot representing Hanno.
From the observation deck, which stands on the mountain top, you can see the view of the Chichibu Mountain Range in the distance, the mountains of Okutama, and Mt.Fuji. In front are the mountain ridges of Kaji Hills.
The surface appeared from halfway up to the mountain top is bedrock of chert, which is called the "Chichibu Mesozoic Paleozoic Strata" or "Chichibu Strata". This chert is a stratum of the seabed made during the Paleozoic Carboniferous Period to Mesozoic Jurassic Period (from about 350 million to 150 million years ago) which swelled up to the surface. In March 1922 (Taisho 11), Tenranzan Mountain was designated as a place of Scenic Beauty for the first time in Saitama Prefecture.
それでは景色を見てみましょう。

これはなかなか眺めがいいですね😳

本当に遠くまでよく見えますね。

眺望の説明もありますね。都心も見えるのはすごいですね。ここは飯能市ですよ😅
写真は撮影できませんでしたが、複数の家族がここでお弁当を広げていました。ここでピクニックするのはいいですね☺️
登山口のお店にパン屋さんもあったので、そこでパンを買ってきてここで食べるのもいいですね☺️
天覧山はここまできて急に登ったので何も調べてなかったのですが、展望台の眺望は良かったです。家族連れで登られる人も多くいました。まあ展望台まで行かなくても中段でもいいですからね。
近くにあるお店

<執筆者プロフィール>
予備自補軍曹
経営学修士(MBA)
予備自衛官(技能)
民間人から予備自衛官補(技能)、そして予備自衛官になりました。休日はお城や神社仏閣、戦争遺跡を見歩いているので、面白そうなものを紹介していきます。
姉妹ブログとして優待太郎の名前で「MBAホルダーが保有している株主優待銘柄」も運営しています。
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