忠臣蔵で有名な赤穂浪士が討ち入りをした屋敷は「東京都墨田区両国3丁目13−9」にあります。
泉岳寺からの距離を考えると、とても今の人間が歩いていくような距離ではないですね😂それで行ってみましょう。

両国駅から10分程度で歩いて行ける距離にあります。吉良家は高家という事もあり立派な壁を作っていますね。

入口にきました。中に入る前に色々と見るところがありそうですね☺️

こちらの石碑には赤穂浪士遺蹟と書かれていますね。やはりこれがないとダメですね☺️

本所松坂町公園由来
- 所在地:墨田区両国三丁目十三番九号
- 面積:九十七・五六平方メートル
この公園は、「忠臣蔵」で広く知られる、赤穂義士の討入があった、吉良上野介義央(よしなか)の上屋敷跡です。
その昔、吉良邸は松坂町一、二丁目(現、両国二、三丁目)のうち約八、四〇〇平方メートルを占める広大な屋敷でしたが、年を経て一般民家が建ちならび、いまではそのおもかげもありません。
昭和九年三月地元町会の有志が、遺跡を後世に伝えようと、旧邸跡の一画を購入し史蹟公園として、東京市に寄付したもので、昭和二十五年九月墨田区に移管されました。
周囲の石壁は、江戸時代における高家の格式をあらわす海鼠(なまこ)壁長屋門を模した造りで、園内には、元吉良邸にあった著名な井戸や稲荷社などの遺跡があり当時をしのばせております。また内部の 壁面には義士関係の記録や絵画が銅板で展示されております。
墨田区
吉良邸の元の広さが8,400平方メートルって、めちゃくちゃデカくないですか😱よく47人で討ち入りできましたね。それでは中に入りましょう。

それでは中に入りましょう。正面にある像に目が行きますね。

吉良上野介の像ですね。屋根付きで展示されています。

近くで見ると人の良さそうなおじいちゃんですね。あと後ろにせっかくの展示物があるのですが、見にくいですね、、、、

中は広くないですが、ベンチはあるので休憩はできますね。後ろには展示物もあるので見ていきましょう。

吉良町長が書いた扇が展示されていますね。

松の廊下の浮世絵の展示がありますね。

反対側には稲荷神社と何かがありますね🤔

こちらが稲荷神社です。写真が掲示されていますね。

この写真はかなり古いですね。この公園ができる前はこの稲荷神社の敷地だったのでしょうか🤔

奥にあるのは井戸のようですね。確認しましょう。

やはり井戸ですね。この井戸には名前がついているようですね。

「みしるし洗いの井戸」です。なんと吉良上野介の首はここで洗われていたようです😱よく残っていましたね。

忠臣蔵
Site of former residence of lord Kira
吉良邸跡
吉良上野介義央の屋敷は広大で、東西七十三間、南北三十五間で、面積は二千五百五十坪(約八四〇〇平方メートル)だったとされています。
吉良上野介が隠居したのは元禄十四年(一七〇一)三月の刃傷事件の数カ月後で、幕府は呉服橋門内にあった吉良家の屋敷を召し上げ、代わりにこの本所二丁目に屋敷を与えています。
現在、吉良邸跡として残されている本所松坂町公園は、当時の八十六分の一の大きさに過ぎません。この公園内には、吉良上野介座像、邸内見取り図、土地寄贈者リストなどの他、吉良上野介を祀った稲荷神社が残されています。
人情事件の後に屋敷を移されていたんですね😳そしてこの稲荷神社は吉良上野介を祀っていたのですね。
歴史で有名な事象も現地まで見にいく人はあまりいないんですよね。でも行ってみると新たな情報などあったりして面白い発見があったりします。
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<執筆者プロフィール>
予備自補軍曹
経営学修士(MBA)
予備自衛官(技能)
民間人から予備自衛官補(技能)、そして予備自衛官になりました。休日はお城や神社仏閣、戦争遺跡を見歩いているので、面白そうなものを紹介していきます。
姉妹ブログとして優待太郎の名前で「MBAホルダーが保有している株主優待銘柄」も運営しています。
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